ゾンビ屋れい也 あおい編2


翌日、れい也はあおいを動物園へ連れて行った。
おおっぴらに外へ出るのは、顔が知られていない今しかない。
だが、大量殺人犯の兄の顔は知れていて、勘違いを予防するために帽子を被せていた。
あおいは、動物園の入り口からもう楽しみが顔に出ている。

「れい也お兄ちゃん、早く早く!」
「あ、あんまり引っ張らないでくれ」
あおいは、れい也の手をぐいぐいと引っ張ってせかす。
外では、あおいはれい也と手を繋ぎたがった。
10年間もの時差があるのだ、外の環境ががらりと変わって戸惑っているのだろう。
はたから見れば、年の近い男二人が手を繋いで動物園なんて、怪しい関係に思われそうだが
あおいの無邪気な様子を見ると、他人の目を気にするのは馬鹿らしくなっていた。

「わあ、ライオンだ!すごい、かっこいい!」
動物園に入ると、いきなりメインの王者がお目見えだ。
あおいはオリに近付き、ライオンを興奮気味に凝視する。
もちろん、れい也の手はしっかりと握ったまま。

「ああ見えてもネコと同じ、ネコ科なんだ」
「うそ!あんなに強そうなのに!?ライオンはネコの王様なんだね!」
当たり前のことに驚き、無邪気にはしゃぐ。
それだけ見ていればまさに純粋無垢で、とてもあの兄と兄弟とは思えない。

「あ!あっちにはクマがいるんだって!行こう!」
「クマもいいけど、兎とかひよことか触れるコーナーもあるぞ」
喜ぶかと思い提案したが、あおいは首を横に振る。

「ううん、ボクが触ったらきっと殺しちゃうから、いいや」
軽率な提案をしてしまったと、れい也は口をつぐむ。
あおいは、人を殺せるだけの力があると自覚している。
それを身勝手に使うことはない、それだけでやはり兄とは違う。
自ら望んで他人を傷つける訳ではない。
純真な心に、れい也は揺り動かされていた。


れい也はあおいに引っ張られ続け、動物園を全て見て回った。
夕方ごろには、ぐったりとベンチで項垂れる。
あおいは目覚めてから人並み以上の体力があるのだが、それにしても自分はひ弱だった。

「ごめんね、れい也お兄ちゃん、すっごく疲れてるみたい」
「いや・・・まあ、疲れたけど、楽しかった」
「ボクも、すっごく楽しかった!」
あおいは、満面の笑みをれい也に向ける。
作り笑いじゃない、素直な感情からの微笑みを向けられるのなんて、いつ以来だろうか。
柄にもない平穏を感じ、れい也もわずかに微笑んでいた。
だが、自分は平穏なんて長続きしない性質を持っている。

そろそろ帰ろうと、立ち上がろうとしたとき、一人の女性がつかつかと歩み寄って来る。
その目はぎらついていて、真っ直ぐにあおいを見ていた。
「百合川・・・よくも、よくもうちの子を!」
目の前まで来た女性は、突然あおいの首を両手で強く締める。
突然のことに反応できず、あおいは後ろへのけぞった。

「止めて下さい!」
れい也は、必死に女性の腕を引き離す。
剥がされたときに爪があおいの肌を引っ掻き、首の皮膚を傷付けた。
「こいつは、私の息子を殺したのよ!」
「ち、ちがうよ、あおいじゃないよ・・・」
とっさに、れい也はヒステリックに叫ぶ女性の間に割って入る。


「人違いです。確かにあおいはあの恐ろしい殺人犯に似ています。
けど、この子は10年間も昏睡状態だったんです、できるはずがない」
れい也の強い眼差しと冷静な声に、女性は押し黙る。

「嘘だと思うなら○○病院に電話しましょうか。主治医も看護婦も証明してくれます」
「い、いいえ・・・ごめんなさい、我を忘れてしまって、ごめんなさい・・・」
女性は意気消沈し、とぼとぼと離れて行く。
今、本当に病院に電話なんてかけたらとんでもないことになるだけに、聞き入れてもらえてほっと肩を下ろした。

「あおい、大丈夫か?もう家へ帰ろうな」
「うん・・・ごめんね、れい也お兄ちゃん、ごめんね・・・」
あおいが謝る理由なんてないのに、すっかり表情が曇っている。
早く安心できる場所に連れて行かなければと、れい也は帰路を急いだ。




帰宅すると、れい也はすぐに救急箱を準備する。
ガーゼを消毒液で濡らし、あおいの傷口に当てようとしたが、手首を捕まれ阻まれた。
「どうした?消毒しないと」
「・・・あおいは、いなくなったほうがいいのかな」
悲しげな声に、れい也の胸がずきりと痛む。
百合川の性は有明になりすぎた。
大量殺人犯の弟という肩書は、一生つきまとうだろう。

「あおいを嫌いな人、たくさんいるよ。だから・・・」
「そんなこと言わないでくれ!」
珍しく感情的になり、声を荒げる。
そして、衝動のままにあおいを抱きしめていた。

「あおいは・・・僕にとって大切な弟だ。いなくなったほうがいい、なんて言うんじゃない」
とうとう、弟だと言い切ってしまった。
自分は、こんなにも人との繋がりに飢えていたのだろうか。

「れい也お兄ちゃん・・・ありがと、ありかとう・・・」
あおいの声は、今にも泣き出しそうなくらい震えている。
どうしたら、この悲哀を軽減できるだろう。
強い庇護欲が、れい也を動かす。
れい也は首を動かし、至近距離であおいを見詰め、唇を寄せる。
だが、触れる寸前になって何をしているのかと気付き、とっさに顔を離した。


「お兄ちゃん、どうしたの・・・?」
「・・・ごめん、何でもない。さあ、消毒しないと」
先の行動をごまかすように、れい也はてきぱきと傷の手当をする。
幼さが幸いして、たぶん、今の行為の意味には気付かれていないだろう。
今日も、二人は同じベッドで眠る。
動物園での出来事をまだ気にしているのか、あおいは珍しく身を寄せてこなかった。
それだけでも物悲しくなって、れい也はあおいを後ろからそっと抱きしめる。

「お兄ちゃん・・・」
「・・・あおいが悲しんでると、僕も辛くなる」
もう、ブラコンの域だろうか。
外の害敵から守ってやりたい。
この抱擁は、そんな意思を表しているようだった。

「ボク、幸せだよ・・・」
あおいは静かに呟き、れい也の手をすがるように掴んでいた。